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最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)993号 判決 1996年2月08日

上告人

後藤常寿

後藤秀雄

右両名訴訟代理人弁護士

沼田敏明

津谷裕貴

被上告人

大曲信用金庫

右代表者代表理事

石川重一郎

右訴訟代理人弁護士

阿部三琅

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人沼田敏明、同津谷裕貴の上告理由第三点について

詐害行為取消権によって保全される債権の額には、詐害行為後に発生した遅延損害金も含まれるものと解するのが相当である(最高裁昭和三二年(オ)第三六二号同三五年四月二六日第三小法廷判決・民集一四巻六号一〇四六頁参照)。したがって、右と同旨の見解に立って被上告人の上告人後藤常寿に対する本件詐害行為取消請求の一部を認容した原審の判断は、正当として是認することができ、これに所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄)

上告代理人沼田敏明、同津谷裕貴の上告理由

第一<省略>

第二 上告理由

第一点、第二点<省略>

第三点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背の存在(民訴法三九四条)

原判決には、民法四二四条(債権者取消権)の詐害行為の取消の範囲についてその解釈ないし適用を誤った違法があり、大審院判例にも違反する。

一 原判決は、詐害行為取消請求の範囲について次のように判示する。

「詐害行為取消権行使の範囲は、取消債権者の詐害行為当時の債権額を標準にして決められるべきではある。しかし、本件のような詐害行為前に成立した貸金債権に関して債務者の債務不履行により詐害行為後に生じた遅延損害金などは、もともと元本債権の拡張であって法定果実に類する性質を有するものである。また、債権者の債権回収が遅れて右損害金が累増したのは、債務者が詐害行為をしたためであるから、これは詐害行為取消権行使によって保全されるべき債権額に加算されるべきである。」(一一丁裏から一二丁表)

また、原判決は、上告人秀雄が「遅滞が続いて遅延損害金が累積するのを知りながら、その最中の昭和六〇年一一月二五日長男に本件農地四一筆すべてを包括的に贈与するという詐害行為をなしたのであるから、遅延損害金についても詐害意思を有していたと目することもできる」との理由をも付加している(一二丁表から裏)。

二 しかし、原判決の右判示は、債権額と取消の範囲についての、判例に違反し通説とも見解を異にし、民法四二四条の解釈ないし適用を誤っている。

すなわち、「詐害行為の成否は、その行為のなされた時にすでに成立している債権によって決しなければならないのみならず、取消によって回復ないし賠償を請求する範囲を決定するのも、詐害行為の時を標準とした債権額である。」(我妻民法講義Ⅳ新訂債権総論一九二頁)。我妻栄博士の右著書では、括弧書きで「行為後の利息を含まないことに注意せよ」と述べているところである。於保不二雄著「債権総論」(法律学全集・有斐閣)一七八頁では、「請求権説、ことに判例は、取消権が第三者に及ぼす影響を考慮して、取消の効力を取消当事者間の相対的なものと解するとともに、原則として、取消債権者の債権額を標準として取消を許している。つまり、取消債権者の債権額は、詐害行為当時の債権額を標準とし、該行為以後判決にいたるまでの間に発生した債権額はこれに加算しない」と適確に述べている。

判例としては、取消すべき詐害行為の範囲を定めるについて、詐害行為後に発生した債務の額を加算してはならないとした大正六年一月二二日大民判(民録二三輯八頁)と詐害行為の発生後の遅延利息は詐害行為の範囲を定める債権額には加算されないとした大正七年四月一七日大民判(民録二四輯七〇三頁)とがある。

三 ところで、原判決は、貸金債権の遅延損害金について「元本債権の拡張物であって法定果実に類する性質を有するもの」とする。なるほど、利息は元本債権から生ずる所得であって法定果実の一種であるが、遅延損害金は金銭債務の不履行の場合に損害賠償として支払われるものであって、本質的には利息ではない。のみならず、詐害行為取消権は前述のように、「特定の債権を保全することを目的とするものであるから、取消権を取得する債権は、詐害行為の前に成立していなければならない」(我妻前掲書一七八頁)のであって、詐害行為後に生じた利息、損害金は、右債権に加算してはならないのである。

また、原判決は、「損害金が累積したのは、債務者が詐害行為をしたため」であるとか、「遅延損害金についても詐害意思を有していた」などと判示するが、これも詐害行為後に発生、成立する債権について取消権を認めようとする議論であり、現行法上は取り得ない論である。

四 ところで、原判決の右法令違背により、遅延損害金一四、一四万八、六七〇円が被上告人の債権額に加算されている。従って、右に述べたとおりこれが認められないとなれば、判決に影響を及ぼすべきこと自明である。

上告人らは、詐害行為そのものの成立を争っているが、右法令違背も念のために主張するものである。

第四点<省略>

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